弓削島の人の心粋きに感謝
だいぶ前のことですが、広島側から瀬戸内の島を訪れ、
四国今治に抜けたことがあった。
弓削(ゆげ)島にある弓削高専に行くために。
いわゆる学生求人のご挨拶である。因島からフェリーで10分ほど。
晴天の日で、フェリーもいい風に吹かれ、何といい出張だと思い。
島に到着してさあ行くぞと思っていると、閑散としている。
バス停は見えたが、バスもタクシーもいない。
初めての地に行くと地図もわからないのでタクシーが便利だ。
その地の様子もドライバーに聞くこともできるので、好きである。
今回はどうして良いか分からず、歩いていた40代らしきの女性に、
タクシーはどこかにありますかと尋ねた。
「この島にはタクシーはないわよ、バスも行っちゃったわね。」
こまった! 「弓削高専まで行きたいのだが、歩くしかないのですか?」
「そんなに近くはないわよ」
こまったな! 約束の時間も迫っているし。
「ちょっと、一緒に来て。トボトボ。ここで待っていて」
自分のお店から出てくると「運転できる? この私の車を使っていいわよ」
と言って、車のキーを差し出してくれた。「この車よ」
「はーっ?」と全く予想外の展開。
大丈夫よという顔をしている。
ありがとうございますと言って、改めて名刺を差し出す。
スーツ姿とはいえ、その時の私には、こんなことしかできなかった。
こんな、見ず知らずの奴を信用していいんですかと思ったが、そんなの気にしていない。「私、夕方までお店にいるから、その間使っていいわよ」とさらり言う。
お昼ごろには戻りますから、ありがとうございますとしか、言いようがない。
鍵を開けて車に乗ってみると、軽の車であったが、まだ新車の香りのするやつ。
メータを見てもそれが分かった。
そして助手席には、ジャケットが置いてあり、その上には腕時計も見えた。
いいのかね言いつつ、学校までの道を親切に教えてくれた。
確かに乗ってきたフェリーは、車など詰めるものではなく、海を越えてどこかに行くことは不可能な世界。
ここまで、信用してくれたのだから、悪いことができるかなと思ったが、その余地はまったくない。
学校に行った時に、この話題をした。弓削島の人の優しい気質を本当に感じましたと話した。
そうしたら、島でもそんな話は聞いたことありませんよ。よく、そんな事をしてくれましたね。
はー、としか言いようがない。珍しいとのこと。
帰りに海が見えるところを寄り道したりしたけど、乗り回すのど広い島でもない。海に飛び込むことはできないわけだし。
一通り、仕事も余暇も過ごし、お店に戻った。
ありがとうございましたとして、鍵を返した。お礼にと言って多少の現金を渡そうとしたが、そんな事をいいわよ、今、準備で忙しいからと言われ、終了。
島で困っている人がいたとはいえ、車の鍵を渡して自由にしていいなんで、こんなに良い人がいるんだね。
日本て凄いところだと改めて感激した日だった。